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山口地方裁判所 昭和47年(行ウ)3号 判決

山口県萩市浜崎町一〇五番地

原告

小池理義

右訴訟代理人弁護士

西田信義

同市唐樋三一番地

被告

萩税務署長讃岐義太郎

右指定代理人

管野由喜子

堂前正紀

粟屋茂信

岡田安央

和崎雅

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(申立)

一、原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和四六年二月一二日付けでなした昭和四四年度分所得税の更正処分中、国税不服審判所長の裁決により取り消された残額一〇一六万七〇二五円のうち、金一三一万五〇〇四円をこえる部分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、

二、被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

(主張)

第一、原告の請求原因

一、原告は、山口県萩市において製材業、造園業、建売等の不動産業、乳製品の製造販売業および旅館業を営むものである。

二、原告は、昭和四四年度所得税について被告税務署長の承認を得て青色申告書により決定期限内に事業所得金額の計算上貸倒金八八五万二〇二一円を必要経費として損金に算入し、別表の申告欄記載のとおり事業所得金額損失二七〇万九五八〇円、不動産所得金額三七万五四四〇円、譲渡所得金額三〇九万五一四四円、総所得金額七六万一〇〇四円とする確定申告をしたところ、被告税務署長は、昭和四六年二月一二日付で、右損金算入を否認して、別表の更正欄記載のとおり更正したので、原告は、広島国税不服審判所に審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和四六年一一月三〇日付で別表の裁決欄記載のとおり前記更正処分の一部を取り消す旨の裁決をし、昭和四六年一二月二八日頃、その旨原告に通知した。

三、しかし、被告税務署長のなした右更正処分中、国税不服審判所長の裁決により取り消された残額金一〇一六万七〇二五円のうち金一三一万五〇〇四円をこえる部分、すなわち右金八八五万二〇二一円の損金算入を否認した部分について、次のような違法がある。すなわち

(1) 本件貸倒金八八五万二〇二一円は、有限会社萩乳製品センター(以下単にセンターという)の設立した昭和三三年よりその工場が焼失した昭和四二年二月二五日までの間における各年、数十回にわたる貸借の残金九三八万七五〇五円(貸付金八八五万二〇二一円、売掛金五三万五四八四円)の一部であって、センターが全焼により営業を中止したので債権債務の整理をし、昭和四四年度に整理が終了し、且つ、原告において債権放棄をし、原告の貸付金の回収不能が確定したので、貸倒れ損失として処理すべきものである。

(2) ところで原告は、前記各事業のうち、乳製品の製造販売業および旅館業については、それぞれ原告において全額出資した有限会社萩乳製品センターおよび有限会社浜荘を支配して経営をなしていたものであるから、いずれもその実体は原告の個人企業ともいうべきである。

(3) そして、原告の各事業は、製材業を中心とする企業体を組成し、各企業は相互依存して経営がなされており、製材業の資金が長期間にわたり、且つ継続してセンターに貸付けられ、又返済されており、これは原告の前記事業の一環としてなされたものである。従って原告のなす事業のうち、どれ一つ除外することもできないほど各事業の間に密接不可分の関係がある。要するに、萩市における小規模の経営者としての原告は、右各事業の一つが衰退すれば、たとえばセンターが行き詰まれば、他の企業分野においても社会的信用を失い、経済人として失墜する。反面、逆にセンターが企業拡大、業績向上すれば、同一経営者による原告の他事業の運営にも影響し、センターに対する工場増設等に伴う売上げはもとより一般売上げも増大し業績向上をきたすことは明らかであり、その間に密接な関係があるといえる。

(4) 従って、原告のセンターに対する右貸付金は、原告の製材業の資金が出入しているもので、まさに原告の製材業等の事業遂行のためになされたものであり、その回収不能による損失は、原告の製材業等の事業遂行上の必要経費として事業所得金額の計算上損金に算入すべきものである。

(5) 原告は、担当税務官の了解のもとに、当該年度における原告の事業所得につき、これを貸倒損金として処理した。また、原告は、本件貸付金の認定利息の計上は萩税務署の税務担当官によって指導され、これを事業所得の雑収入として昭和四一年から昭和四三年まで計上し、この処理は、税務調査および各申告にあたっても是認されてきたものである。

(6) しかるに、被告が右立場を改め、事業税の雑収入に関し、滅額更正をなしたうえ、本件更正処分をなすことは、あまりにも恣意的解釈といわなければならない。

四、以上のようなわけで、被告税務署長が昭和四六年二月一二日付でなした昭和四四年度分所得税の更正処分中、国税不服審判所長の裁決により取り消された残額一〇一六万七〇二五円のうち金一三一万五〇〇四円をこえる部分には瑕疵があるから、原告は、被告に対して、右更正処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。

第二、被告の答弁

一、請求原因一の事実中、原告が製材業、造園業および建売等の不動産業を営んでいることは認めるが、その余は否認する。請求原因二は認める。請求原因三の事実中、原告が有限会社浜荘および有限会社萩乳製品センターの代表者として両企業を経営するものであること、原告がセンターに金八八五万二〇二一円を貸付けていたこと、センターの建物が昭和四二年二月二五日全焼したこと、センターが営業を中止したことに伴い原告が右貸付金を貸倒損金としたことおよび被告が原告の昭和四一年ないし四三年分所得税の申告額のうち、貸付金の利息収入を取消して滅額更正をしたことは認めるが、その余は否認する。

二、原告と有限会社萩乳製品センターとは別個独立の人格であり、会社代表者と個人事業者が同一人であるからといって、法人事業と個人事業とが一体のものであるとはいえないし、原告がセンターの代表者であるからといって、本件貸付金か原告の製材業等の事業の遂行上当該貸付をしなければ製材業等の事業の遂行ができなかったというものではなく、事業の遂行には何ら影響を与えるものでもないから、所得税法第五一条第二項にいう「その事業の遂行上生じた貸付金」であるとはいえない。

三、原告が事業所得の雑収入としている右貸付金に対する利息収入は、センターに対し個人的に貸付けた貸付金があることに基づき発生したものであって、原告の製材業等の事業から生じた所得ではなく、また、原告は金融業を営んでいるものでもないから、当該利息収入は、元来、事業所得ではなく所得税法第三五条第一項所定の雑所得として申告すべきであり、当該貸付金の回収不能は同法第五一条第二項所定の事業の遂行上生じた資産損失には該当せず、同法第五一条第四項の規定に従い雑所得の金額の範囲内においてのみ必要経費に算入しうるにすぎないものであるが、本件の場合、当該貸付金に対する利息収入は未収入金であり、しかも、全額回収不能となったので、同法第六四条第一項により収入がなかったことになるから、原処分の所得金額には変りがないのである。

四、原告は昭和四一年度分の所得税から右仮払金に対する未収利息を事業所得の雑収入として計上し、昭和四三年度分まで同じ要領で未収利息を雑収入として申告し、更に昭和四四年四月三〇日に仮払金を貸付金に振替えておいて、同年一二月二四日に債権放棄の手続をとっているけれども、これら一連の会計処理については、被告が指導したことはない。

被告税務署長は申告された課税標準(総所得金額)または税額等がその調査と異なる場合以外は申告額等の更正処分をしないのであり、本件の場合貸付金の利息を事業所得の雑収入から除外して雑所得として課税したとしても、その課税標準額(総所得金額)または税額に異動がないのであるから、被告税務署長は更正しなかったのであって、これを更正しなかったからといって被告税務署長が原告の会計処理を是認したことにはならない。

従って、原告の前記事業所得計算における貸倒金八八五万二〇二一円の損金算入を否認した被告税務署長の本件更正処分には何等の違法はなく、その取消を求める原告の本訴請求は失当である。

仮りに担当税務官において指導したとしても、被告税務署長が原告の昭和四一、四二、四三年度所得税の申告額のうち、貸付金の利息収入を取り消して滅額更正したことおよび本件更正処分は、税務執行上当然の措置であって原告の非難は当らない。

(証拠)

一、原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二ないし第七号証、第八号証の一ないし一二、第九号証の一ないし七、第一〇号証の一、二、第一一号証を提出し、証人小倉哲郎、同近藤信也、同河村国雄の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立はすべて認めると述べ、

二、被告指定代理人は、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし三、第四ないし第六号証を提出し、証人岸武夫、同岩田隆之の各証言を援用し、甲第一一号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一、原告が、山口県萩市において製材業、造園業、建売等の不動産業を営むものであること、原告が昭和四四年度所得税につき、被告税務署長の承認を得て青色申告書により法定期限内に事業所得金額の計算上貸倒金八八五万二〇二一円を必要経費として損金に算入し、事業所得金額損失二七〇万九五八〇円、不動産所得金額三七万五四四〇円、譲渡所得金額三〇九万五一四四円、総所得金額七六万一〇〇四円の確定申告をしたところ、被告税務署長が、右損金算入を否認し、別表の更正欄記載のとおり更正したこと、これに対し原告が広島国税不服審判所が審査請求したところ、国税不服審判所長の昭和四六年一一月三〇日付で別表の裁決欄記載のとおり前記更正処分の一部を取り消す旨の裁決をし、昭和四六年一二月二八日頃その旨原告に通知したことは当事者間に争いがない。

二、被告税務署長のなした右更正処分中、国税不服審判所長の裁決により取り消された残額一〇一六万七〇二五円のうち金一三一万五〇〇四円をこえる部分、すなわち、右金八八五万二〇二一円の損金算入を否認した部分の適合を検討する。

(一)  原告が前記製材業等のほかに有限会社浜荘および有限会社萩乳製品センターの代表者として旅館業および乳製品の製造販売業を経営するものであることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一一号証、証人河村国雄の証言および原告本人尋問の結果を総合すると、定款上、有限会社萩乳製品センターは、社員四名からなり、出資口数は、原告三〇〇口、訴外花水正盛一〇〇口、同河村国雄五〇口、同土田寅吉五〇口、合計五〇〇口であるが、右花水、河村、土田の三名は各目上の社員として名を連ねているのみで、実際に出資の負担はしていなくて原告が全額出資していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によれば、センターは実質上原告の個人企業と相互に密接な依存関係があったことは認められるけれども、ただそれだけのことから直ちにセンターの独立性を否定し、センターが実質的に原告の個人企業であるとみなすことはできないから、原告のセンターに対する貸付金をもって原告の個人企業の必要経費とはいえないし、たとえ、右貸付金が回収不能になったからといって、原告の損失ではあっても原告の個人企業による損失であると即断することはできない。

(二)  さきに認定したとおり、原告のように個人で製材業等の事業を営むものが、乳製品製造販売を目的とする会社であるセンターに本件のごとき多額の貸付をすることが、当該事業所得をうるために通常必要であるとは一般的に考えられず、原告主張のようにセンターの企業拡大による工場増設に伴う製材業の売上げ増加を目的として貸付をしたとすれば、製材業者が当該事業所得をうるために必要な貸付金としては迂遠に過ぎるし、原告がセンターの代表取締役をしていたことに鑑みれば、原告主張の貸付金は、原告の製材業等の業務とは無関係であるというべく、センターの独立性を否定し、センターが実質的に原告の個人企業であるとみなすことができないことは前判示のとおりであり、他に原告が当時金融業を営んでいたことについては原告の主張立証しないところである。

されば、原告主張の貸付金をもって原告の製材業等の事業所得の必要経費と認めることはできないから、被告税務署長がその損金算入を否認したことは、正当であって、これに反する原告の主張は採用し得ない。

三、原告は、貸倒損金処理、認定利息の計上等は担当税務官の了解もしくは指導のもとに処理した旨主張するが、これに符合する原告本人尋問の結果の一部は証人小倉哲郎、同近藤信也の各証言に照らして措信し難く、証人近藤信也の証言によれば、担当税務官から認定利息の計上の指摘を受けたことは認められるけれども、担当税務官がこれを所得の何れの項目に入れるかについて指導した事実を認めるに足らず、被告主張事実を証するに足らず、他にこれを認むべき証拠はない。従って、右の事実を前提として本件更正処分を違法とする原告の主張は採用し得ない。

四、また、原告は被告が原告のなした認定利息を事業税の雑収入に計上する処理を三年間にわたって是認してきたのに、右立場を改めて事業税の雑収入に関し、滅額更正をなしたうえ本件更正処分をなすことは、あまりにも恣意的解釈といわなければならないと主張するので、この点について検討する。被告が原告の昭和四一年ないし四三年分所得税の申告額のうち、貸付金の利息収入を取消して滅額更正をしたうえ本件更正処分をしたことは当事者間に争いがない。しかしながら、右利息収入は所得税法第三五条第二項にいう雑所得に該当することは前判示のとおりであるから、被告のなした滅額更正処分は原告に対し何等の損害を与えるものでもなく正当であって違法はない。

しかも、被告の税務担当官が、利息収入を原告の事業所得の雑収入の項目に計上すべきことを指導したことが認められないことは前判示のとおりであり、被告が原告に対し貸倒損金処理について指導ないし事前の了解を与えていたという特段の事情も認められない等本件にあらわれた諸般の事情に鑑みると昭和四一年から同四三年までの間に原告のとった認定利息の計上処理が被告において是正されなかったことのみによっては、被告がこれを是認したものと即断しえないのみならず、以後更正等をなしえなくなる法的効果を伴うものともいえないし、禁反言則ないし信義則違反にもあたらないから、原告のこの点の主張も採用の限りでない。そうしてみると、被告税務署長が原告に対し本件事業所得について金八八五万二〇二一円の損金算入を否認してなした本件事業所得について金八八五万二〇二一円の損金算入を否認してなした本件更正処分は相当であって、原告主張のような違法は認められない。

よって、本件更正処分の取消を求める原告の本訴請求は、この上の判断を加えるまでもなく、理由のないことが明らかであるのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浜田治 裁判官 山本博文 裁判官 渡辺雅文)

別表

〈省略〉

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